« 誰も「本物のハイビジョン」を知らない | トップページ | ”東京ドームn個分”のかわり »

五百年後の子供へ

梅田望夫さんのサイトから、『将棋ソフトの扱いに見る「日本のこれからの姿」を読んで、ふと思った。

1.物事を突き詰めていくと、その道の専門家になる。
2.専門家になると、専門家にしかわからない世界で生きていく事が増える。
3.専門家と一般人の間に、知識的にも慣習的にも経験的にも、壁ができる。
4.壁がやがて島となり、敷居が上がって、一般人が立ち入りづらくなる。
5.その壁なり島なりをうまく利用することで、利権(仕事)が生まれる。

ここまでが情報化以前の流れ。それがインターネットのコストが下がったことで

6.情報化が進み、情報の発信と取得に金がかからないようになる。
7.専門家の話題に食らいついていける一般人が出てくるようになる。
8.今まで利権(仕事)と呼ばれていたものが、実はたいした事ではないとバレる。

こうなった時に、利権を守ろうとして城壁を強くするのか、城壁を崩して変化を受け入れるのか、という岐路を迎える。いろんな分野が、今その岐路に差し掛かっているのだと思う。それはよくわかる。

だけど、そういう時代に、オジサンは機敏に動けない。
たとえば、将棋ソフト。
私はこの記事を読んだら、「よし!今、ゼロから新しい将棋ソフトを作ろう!」なんて思わなくなってしまう。そこまで行っているのなら、私の出る幕はないだろうと、競走から降りる側に回ってしまうのだ。

こういう時、「…っしゃ~!俺がやったるぜ~!」と燃えるのは、若い人(実年齢を問わず若いと言える人)だ。
しかし高齢化が進んで、人口構成比の中で物理的に若い人が減ってしまうというのは、恐ろしい事だ。
そう思っていながら、この国の人口増加に協力しようとしない私も私だが。
(ええ、全て私がワガママだからいけないんです。ワガママだから結婚のリスクもとれないし、ましてや子供を2人以上持つことなんて、考えるだけで恐ろしいんです)

以前から友人に冗談混じりに言っていたのだが、今の私たちは、戦争でも飢饉疫病によってでもなく国が消滅していくという、人類史上希有な時代を生かせてもらっているのだなぁと思う。
五百年後(いや、きっともっと早く来ると思うが)、最後の日本人となった子供は、2005年の私の愚にもつかない戯れ言を見て、どう思うだろうか?

|

« 誰も「本物のハイビジョン」を知らない | トップページ | ”東京ドームn個分”のかわり »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/133996/5798108

この記事へのトラックバック一覧です: 五百年後の子供へ:

« 誰も「本物のハイビジョン」を知らない | トップページ | ”東京ドームn個分”のかわり »